己の内なる光に気がつくってことは?

近頃、この人の星まわりはすごいなぁと感じる人が3人ほどいる。なんでそのタイミングで、そんな素敵なことが次々起こるんだ!ってぐらい、なんていうか光が満ち溢れている。

最初は羨ましいの一点張りだったけど、次第にどうやらそれだけじゃないことがわかった。


まず3人とも自分の過去の引っかかりから逃げず、ちゃんと気持ちを味わっている。そして「鏡の法則」ばりに、自分の肉親との軋轢に対して、ラディカル・アクトする。昔の傷ついたこれまでの「私」でなく、今の等身大の私で向き合う。その試みの壮絶なこと。様子を知るこちらの方がドキドキしてしまう。

このプロセス中も、後も気付きに満ちている。自らのこれまで尊重されていなかった何かを慈しむ。その姿勢には後光を感じる。

そして、再びなんでだぁ!という試練が訪れる。で、奇跡を起こす。自然と道がさぁ〜と開いていくのだ。

後を知るとへぇ〜って感じだけど、その場で、全くこれまでと違う何かを創り出すのは本当にすごい。ミラーしてみると、何故その選択肢が創造されたのか?ミラー出来ない。その人の内に眠っていた、もしくは、執着に邪魔されていた、その人が持つ生きる立ち現れがそこに訪れている気がする。


新しい視点で見える世界はクリヤーで、新しい喜びに満ち溢れている。その喜びだかをみると、ツキがあったように感じるが、事実はその人の受け取る視点が、外的状況によらず、輝きを失わないから、よきことが降りかかっているように見えるのだ。