一つの時代の終わり

創業者の会長が創業からちょうど40年。これでみんな(=社員)の前で公式に話すのは最後にすると話をして下さった。
ある面、朝令暮改のワンマンなのだけど、そのビジョンの確かさ。商売の嗅覚の確かさには舌を巻く。こうして4か月に一度に社員全員に向けた話で?もあるけど、時代を掴むセンスは尊敬している。コーチングを学び始めてすぐ、「会社辞めるだろうな?」ってボンヤリ思いながら、未だに辞めないのは、会長が描く会社像に共感しているからだ。

民主主義は、かなり欠陥を抱えた制度だ。ポピュリズムに陥りやすく、衆愚や、ロベスピエールの恐怖政治を招いたり、意志決定のスピードに劣るのは否めない。だからフランス革命この方、ずっと評判が悪かった。長谷川さんの説では、第一次世界大戦戦勝国大義名分として捏造したのが「民主主義」だった。だから、戦後GHQの民生局で、日本に理想の国家を作ろうと理想に燃えた左翼の人たちは、その欠点を補う制度として、昭和25年前後に、図書館関係の法律を整備した。欠点とは、民主主義が機能するためには、それを為す成員のレベルがある程度同一だということを前提にしている。その議題の中身について、理解した上で投票することが欠かせないのに、現実には社会の成員が皆そうだとは言えない。だから、自分たちの為に図書館がある。ところが、ここで朝鮮戦争が起き、吉田首相は「軽武装国家論」をマッカーサーに説き、戦争を手伝う余力は日本にないとした。これでアメリカの方針が180度転換。満州で理想の官僚主導国家の実験を行い、戦前戦中と日本に準備されて来た官僚主導の方針が、中途半端な民主主義用制度はそのままに、進んで行った…。リアルタイムで、時代と対話をし続けた人の実感なので、とてもリアル。

企業は30年と言う説があるようだが、20年ではないか?と実感してる。実際、まず学校への巡回販売があり、それが一巡した頃、公共図書館向けに今の会社がスタートした。
すかいらーくやイトーヨーカ堂と殆ど同じ時期に創業している。ところが、企業としての大きさがまるで違う。それは見ている場が違ったからだ…。

会長の話を聞くと、何故図書館が大切なのか?教えて貰える。Ryoji☆は苦悩の人で下を向いてあぁでもないこうでもないと、考えてばかりで何も行動をしない。仮に世界がそうだとしたら、まず絶望して駄目だ。日本は物質的な面だけ受け入れたけど、本当にみんなが合意して必要だと思うことを創り出す気力に欠けていると、ついつい思って、今ある図書館ですらあぁって慨嘆の対象にしてしまうだろう。

もちろん会長は商売人だから、ここで述べている理念や社会的な意義はある面おまけだけど、同時にそんなことを考え続けているからこそ、失敗があってもみんながついていくのだと思う。

図書館の歴史を読むと、Ryoji☆が母に連れられて毎週図書館に通った当時、日本で図書館を一般へ向けて開放するって運動が起こった最初の土地、三多摩で生まれ育った。Ryoji☆にとって絵本は生まれた時からずっとそばにあったもので、その想像の世界でいろいろ遊べたことは、今も大きな力となっている。これだけインプットは右脳でありながら、言葉にできるのは間違いなくあの幼い日々があったから。つまり、日本という風土が生み出したある種、結晶が今のRyoji☆なのだ。あの絵本を読んだ日々があったからこそ、中学、高校と苦しい時も、本の世界で憂さを晴らし、正気を保っていられた。だからこそ、骨身にしみて、図書館の大切さがわかる。営業だった当時、福岡県の川崎町(当時)の教育委員会の方が「この町は貧乏です。どんどん若者が都会に行ってしまう。だからこそ、今、ちゃんとした図書館が必要なんです。明日の子供たちに希望を持てる未来を作らず、ここで生活してほしいなんて、言えないじゃないですか!」とおっしゃっていたのに、感動した。まさにRyoji☆はその生き証人として「Yes!」と応えてあげられる。

4月から各種食料品の値上げのニュースを聞いて、頭のどこかで、アラームが鳴り始めた。これからは、水を巡って人の争いが大きくなる。これまでのようなある程度秩序があった世界は崩壊に入りつつある。おそらくそれは後でみたら、終わりの始まりなんだろう。まさにこれまで私たちが持っていたコンセンス・リアリティが崩壊する。別の時代の始まり。たぶん、これから長い時間をかけて図書館も廃れ、民主主義が形骸化し、暴力と不安が支配するんだろうな。

どんな場まで見通して、次なる世界を想像するか?

その深さが今、必要なのかも知れない。

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい